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不思議な鏡迷宮【神アカシ篇】ページ9

今にも満ちそうな月が、渡り廊下を大きく照らしている。 とても嫌な気配を感じた。

尋常ではない何かが辺りを取り囲んでいる。 ザワザワと小さく音を立てて、徐々にそれが近づいてきている。

「若頭――」
「ウム……」
僕たちは自然と、背中合わせになった。

どこから来る――? 前か?後ろか?  いや――。

それは下から現れた。

地面から苺のツタがニョキニョキと生え出し、僕と若頭の脚に絡み付いていく。

あっという間に顔の傍まで巻き付いて、動きを封じられてしまう。

「チッ……小賢しい真似をしおって……」

でも、それだけじゃない。

「若頭! ヤバイよ!前後から何か来てる!」

「分かっておる!」

「後ろは任せたからね!」

その言葉に、若頭はピキッと眉を引きつらせた。

「ゾヨ~~!? 何故、余が主の背を守らねばならぬ!? 大体、余が向いている方角が前であろう!?」

「ああ……わかったよ、わかったから!」

お話しが進まないので、こちらから折れることにした。

「キミの後ろは僕が守るから! 若頭は前だけ向いてて!」

「御意、承知した。余の背は主に任せたゾヨ」

キラーンと瞳を鋭くする若頭。  ……つ、疲れる。

そうこうするうちに、廊下の隅のほうから白い小さな大群が向かってきていた。
どんどんこっちに近づいてくる。 あれは――。
「ウサ……」

「ッギャアアアアアアアーーーーッッ!! ネーズーミーーーーーッッ!!」

若頭の悲鳴が上がった。

「ああああ耳をカジられるぅ!! 死んでしまうッ!! おおおお……」

……えええええーーっっ!?

「いや、あれはウサギだよ! ちいさいけど……」

つっこむが、若頭はすでに灰人と化し意識がなかった。

――想定外だ。 まさか若頭が、ネズミ恐怖症?だったなんて……。
けっこう頼りにしてたのに……。

ウサギたちは僕の足下まで到達し、こちらの様子を窺うように、つぶらな瞳を向けている。

可愛いけれど、数が多すぎてさすがに不気味だ。

……リン。 チリン……チリン……。

唐突に、廊下の奥から音が響いた。

「……オヤオヤ、何をしているのデスか。 いけませんよ、人間さんに近づいては」

――まるで幻のように現れた。
首元に結わえた、紅いリボンに付いている小さなベルが、揺れて静かに鳴っていた。

透けるような白い肌、煌く金の髪、芸術品のような蝶の仮面……。 夜の魔術師――。

それはこの世のものとは思えないほどの、本当に美しい少年だった。 怖いくらいに。

「こっちへ、おいでなさい……」

夜の魔術師が囁く。
すると大量にいたウサギが一瞬で霧のように消え去り、一匹だけが残った。
首元におそろいの赤いリボンを付けている。

ウサギは身軽に飛び跳ねていき、少年の左肩の上によじ登る。
「いい子いい子♪」
指で優しくウサギの頭を撫でる。

……こうして間近で自分の目で、夜の魔術師を確認して、改めて思った。
僕はやはりこの少年のことを知っている――。

でも誰なのかが、どうしても思い出せない。

「キミは――」

思わず声が漏れてしまった。

夜の魔術師が僕に気が付いて、驚いたように動きを止めた。

「お兄ちゃん……?」

「――えっ?」

今度は僕のほうが驚いてしまった。

踵を返して少年は窓を開け放つ。 そのまま桟に足をかける。

「……むふふふふ♪」

「ま、待って!」

手を伸ばすが、ツタに捕らわれて身動きが取れない。

「キミは誰なの!?」

窓から飛び出すと、身につけていた黒いマントの背中が蝙蝠のようにバッと羽開いた。
それは悪魔の翼のようにも見え、別の何かのようにも思えた。

「……むふふふふん♪ ……むふふふふん♪……」

チリン……チリン……。

夜の魔術師は笑い声とベルの音を残しながら、夜空へと姿を消していった……。

同時に苺のツタも消えて無くなり、急いで窓に駆け寄る。

「で、デタラメすぎる……」

「逃げられてしまったな」

すぐ隣りから声がした。

「若頭!? 生きて……いや、起きてたの?」

「……手強い敵であった」

「……は?」

若頭は顔を真っ赤にして背を向けた。

「と、とても手強い、余と主が力を合わせても敵わぬほどの強敵であった」

「……そうだね、学園長にはそう報告しておくよ。
まさか苺に身体を縛られて、ウサギをネズミと見間違えて気絶して、捕まえられませんでした、なんて言えないしね」

ビクッと肩をすくめる若頭。
けれど、容易に捕まえられないのは事実だ。新しい策を練らなくてはならない。

星空を眺めながら、それぞれにため息をついた。


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